論文を書くときに再現性が気になってくる

論文を書いていると再現性がとても気になってくる。
やっぱり、小保方事件もあったりして、再現性が低いものは論文として出すことができない。
いや、できないというよりとても怖い。
もし、世の中に出した論文を世界の誰かが再現実験し、できないと言われると困る。

世の中の人は再現性についてどの程度認識があるのだろうか?
あの有名なNatureという論文誌に掲載されている論文の多くは再現することが難しいといわれている。
この事実のとらえ方はいくつかあるだろうけど、僕の考えでは仕方ないところもあると思うのだ。
再現を取りずらいというのはその現象を起こす条件が限られており、さらに、起こりにくいということ。
でも、きちんと条件では同じことができるはず。

ただ、再現性が低いことは、必ずしも悲観的に考える必要はないと思う。
再現性が取りずらいといっても、数ある事象から一部の重要な事象が存在する場合もある。
今後、条件を最適化したり、より制御された実験系を構築することで、再現性が向上する可能性もあるだろう。だから、重要な事象は再現性が低くても、世の中に早く出したほうがいいと思う。(もちろん統計的な議論は必要)

重要なのは再現性が低いからと言っても、重要な事象があるということだ。
例えば、はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの粒子を解析したとしても、再現を取るのは難しいだろう。
もし、同じ星から粒子をとってくることができたとしても、ある程度のばらつきがあり、一回目に分析した粒子と状態が違う可能性がある。しかし、イトカワの粒子は解析するのに値し、とても重要な情報が含まれているのだ。

論文を書くときに思うのは再現性がどれほどあるかどうか。
とても不安になる。だから、時間の許す限り再現実験を行い、再現性が取れるかどうか確認する。
そして、データに対して、正しい文章の表現を考える。
ビビらず焦らず、統計的かつ正確な表現で論文を書いていくことが大切になるだろう。

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