台風の夜に小学校に避難した体験 (備忘録)

僕は関東に来て約10年になる。
台風19号などの激しい自然災害は令和時代の幕開けを象徴しているのだろうか。
これからの時代は自然災害が多くなる可能性が高いので、今回のプチ避難生活を忘れないために書いておく。

初めての避難体験
これまで台風はたくさん経験してきたが、今回の19号で初めて避難所に退避した。今回、特に被害にあったわけではないが念のため移動したのだ。
その避難場所は小学校であり、二階の体育館であった。
避難する前は考えもしなかったが、多摩川の氾濫が起こったので、二階にある体育館はとてもこころ強かった。

避難直後の状況
台風が直撃前に避難したため人はまばらだった。
その時集まっていた人は主に体の不自由な人、妊婦、高齢者が多かった気がする。
早めに来ることのメリットは好きな場所を取れること。
壁際とか入り口付近とかいろんな場所がある。

毛布の支給
食糧などの支給はないから、各自家から持ってくる必要がある。
唯一、避難所で支給されるのは薄い毛布一枚だった。
薄い毛布は寝るのには少ないと思う。
冬なら寒くて凍えるかもしれない。
今回は特に寒いと感じかなったが、体育館の硬い床に敷いて寝ると体が痛く寝ずらかった。
周りを見ると毛布の下に持参したダンボールを敷いている人もいた。
今回の教訓を元に、次回避難するときは真空パックに毛布かクッションを持って行きたい。

避難場所の環境
避難場所の生活環境はそれなりによかった。
普通にトイレもあるし、家庭科教室てポットも置かれていた。
さらに、テレビも置かれていていおり、台風情報も見れる。
今時、最新の情報はTwitter の方がリアルタイムで見られるけど、テレビは頭を空にして受動的に受け取るにはいいツールだと思う。
さらに、停電になっても蓄電があるため暗くなることはなかった。

避難所の雰囲気と共通認識
避難場所での居心地の良さの由来は、皆が共通の目的を共有していることだと思う。
その共通の目的は災害から身を守ることであり、集団になると災害の怖さも軽減される。
都会の日常生活は人口密度が高く、隣人の名前や人柄、何をやっている人かも知らない。
そのため、共通意識は持つことは滅多にない。
一方で、避難所の生活は非日常であり、都会生活で共通意識が生まれたのは初めての体験であり、興味深い現象だった。
その時の雰囲気は子供の頃の遠足に似ていた。
どこかワクワクしながら行ったことのない場所に、集団で冒険に出る感覚だ。

今回の避難所生活のフィードバック
台風が最接近すると体育館もいっぱいになった。よく考えたら東京や神奈川の人がみんな避難所に来ると入りきらないだろう。
水や食糧などの生きるために必要な物は個人で備えときたいと思った。
今回持ってきてよかったのは以外にも漫画だった。
避難所は何よりやることがないし、雨の音や風の音は恐怖を生むと思う。
だから、自分の楽しめる物を持ち込むのはとても大切だ。余暇がないと心が荒む。ストレッチをしながら、約束のネバーランドを楽しんだ。
台風の影響で照明が一部消えたり点いたりしていた。
調べると近くて停電しているみたい。
非常用の蓄電があるのだろう、マンガを読むのに困らない程度に明かりはついたままで消えることはなかった。

今回僕は台風による被害は特になかったけど、初めて避難することになった。
夜の12時頃には雨と風が止んだので家に返った。
都会には避難所がたくさんあり気軽に行ける場所だった。
それも、少し不謹慎かもしれないが、アットホームな場所だった。
でも、実際に数日間滞在するとなるととても大変だと思う。
今回の体験はとても貴重で、今後に活かしたいと思う。
さらに、台風の大変な時に避難所を運営してくれている多くの人の存在を知ったのも良かったと思う。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中