ピカソを尊敬し、そして絵描きになる:具体性を持つ情報を抽象化、さらに、それを可視化した論文の外観

本職は研究のつもりですが、最近絵かきの仕事をしています。
何故このようなことになったかと言うと雑誌の表紙に絵を提出するため。
編集者が出してみないか?みたいなことを言ったので、調子に乗って挑戦することした。

しかし、、、
結構、難航している。

研究活動の基本は定量的、かつ、具体的であること。
一方で、雑誌の表紙とかのイメージ図はある意味で抽象的な要素が大きく、具体性を求める科学と対象的な部分がある。

この絵かきの仕事を進めているとふと思い出した事がある。それは、スペインを旅してピカソの絵に出会ったときの思い出だ。

美術館を訪れて、初めて見るピカソの絵はとても大きかった。教科書は所詮写真であり、大きさがわからない。実物は何メートルもする大きな絵なのだ。
ピカソの絵はいくつか見たが、一番凄かったのはやはり『ゲルニカ』だ。みんな歴史の授業で一度は目にした事があるのではないだろうか。
もしわからない方はWikiを見て。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ゲルニカ_(絵画)

『ゲルニカ』はドイツ軍がスペインのゲルニカって場所に空爆を仕掛けた後、ピカソが描いた作品。空爆は無差別に行われて大量の一般市民が犠牲になった。

ブチギレたピカソは大きな壁に絵を描いた。サイズとしては349 cm × 777 cm結構大きい壁画であり、日本では見たこともない大きさの絵だ。ブチギレピカソは歴史に残るこの大作を約1ヶ月程度で完成させている。

ピカソのすごいところは具体的な情報を抽象化したことだと思う。つまり、ピカソは目で見えるものをぼかすことで、絵に自由度をもたせ、絵を見ている人の頭を刺激する。具体的で厳密な情報を処理する時に人間の脳はそれほど働かないが、ぼやけた自由度の高い情報については脳は活発に動いて想像力を働かせる。だから、自由度の高い情報は人の心を動かす事ができるのだと思う。

ピカソは空襲で焼け野原になった悲惨な光景をより抽象化して、自由度をもたせることで、絵を見る人々に悲しみ、苦しみ、そして怒りなどの感情を呼び起こしたのだと思う。

ピカソは抽象派の先駆者であり、ピカソ以降でヘンテコな絵だけど人の感情を揺さぶる抽象派の画家が増えたそうだ。子供のときはピカソの絵は下手くそだと思い理解できなかったが、大人になってピカソの凄さがわかるようになった。ピカソは偉大だ。

文頭で述べたとおり、科学は数値などで議論する具体性を重視だ。でも、人の興味を引くためには情報に自由度を度持たせる必要があり、具体的な情報をある程度抽象化しないとだめだ。このとき起こる葛藤は科学の精神の反発であり、抽象化することで情報が間違って解釈される恐れである。このような葛藤を感じながら、僕はピカソを尊敬し、画家を目指すことにする。


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